介護ライター田口は見た!介護現場のひそひそ話

田口は見た

第一話 お婆さんにモテモテなイケメン男性ヘルパー達

今回は東京都福生市でデイサービス事業所の施設長をするSさん(46歳)の話を伺った。Sさんはイケメンで髪はふさふさ。女性にモテそうな背の高い男性だ。
Sさんは23歳の時に特養老人ホームで働いていた。Sさんがその施設で働いていた頃、お婆さん(A子さん、要介護3、85歳)がいつも自分をうるんだ乙女のような目で見ていた。A子さんは咀嚼力が弱く、いつも口の中にお菓子が残っていた。しゃべるたびに口からお菓子が飛んできたり、よだれがたれていたりした。それ以外は小柄でかわいらしい人だった。
夜勤の時は、その特養老人ホームでは50人を2人態勢でお世話をしていた。ワーカーステーションにいたところ、A子さんが徘徊してきた。入口で、いつものように口の中に残ったお菓子のカスをもごもごさせながら、手の平でSさんを招いた。
相方の男性ヘルパーが「Sさん、またA子さんがお呼びですよ」とからかったので、Sさんは、手招きされてA子さんに呼ばれるままに着いていった。A子さんは自室に着くと、自分のベッドの前で止まらず、もう一つの奥にあるカーテンで仕切られているベッドの方に招いた。
Sさんは「ヤバい感じがする」と不安になったが「どうしたの?」と言ってカーテンを開けた。A子さんは猛烈な勢いでキスを迫った。食べかすが口に入っているし、必死によけ、A子さんをベッドに戻した。現在はデイサービス事業所を経営しているSさんだが、今でも、お婆さんにモテモテだ。食事の介助をしていると、とろーんとした「恋する乙女」のような目で見るお婆さんもいれば、Sさんが介助をすると、恥ずかしがって「いやっ!」と背を向けて照れるお婆さんもいる。
認知症になっても羞恥心は残るというが、下の世話だけはみな、あきらめるのが早い。だけど、入浴介助の際に、脱ぐときは恥ずかしがって「見ないで!」と隠すお婆さんが多い。だが、脱いでしまうとあっけらかんとして介助される人が多い。脱ぐ前は恥じらい、脱いだら平気な女性心理はいまだ謎だという。
男性ヘルパーに対する利用者さんからのセクハラ話は表に出てこない。特養老人ホームに入っているお爺さんは生きる屍のようだが、お婆さんは元気で性欲も強い。なので、股間を触られる、キスを迫られる、裸で迫られるなどのセクハラ被害はかなりあるという。
筆者が取材をすると、される人は集中していて、されない男性は一切されないと答える。セクハラされる男性ヘルパーには特徴がある。髪がふさふさでイケメンなことだ。お爺さんのセクハラに関しては、さほど選り好みをしているようには見えない。年齢、容姿など幅広くセクハラ被害に遭う女性ヘルパーがいる。
認知症になろうと、女性は男性を厳しい目で選り好むということか。男性ヘルパーへのセクハラ被害が問題にならないのは、いざとなれば男性は力で勝てるという部分が大きいだろう。取材していても「被害」というよりも「僕はモテる」という、モテ自慢になるところが面白い。

第二話 妻の虐待の武器はほうき!夫が虐待される理由は不倫の発覚

今回は東京近郊でサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)の副施設長をするMさん(32歳)の話を伺った。サ高住には、夫婦で入居する人も多いが、Kさん夫婦もそうだった。妻Y子には軽度、K介には中程度の認知症があった。80代の夫婦だ。
暮らし始めて1か月、夫婦はとても仲睦まじく暮らしていた。支えるY子と頼りにするK介は理想的なおしどり夫婦に見えた。
しかし、1か月が過ぎた頃から、K介の体に無数のかすり傷ができるようになった。虐待を疑ったMさんたちスタッフは、職員の目が届かない、深夜の居室前で息を殺し中の様子をうかがうことにした。
中からは「バシっ!」と叩く音と「ごめんなさい!」「ひい!」というK介の悲鳴が聞こえてきた。職員たちが踏み込むと、そこには、居室内を清掃するためのほうきを鬼の形相で持つY子とパンツ一丁で正座するK介がいた。Y子はK介をよなよなほうきで虐待していたのだ。
軽度の認知症のY子は会話もスムーズなため、なぜ旦那さんを虐待するのか、職員が話を聞いた。Y子は泣きながら「夫を信じていたのに、あの人は長年不倫をしていたんです!」と泣きながらうったえた。
なぜ長年、発覚しなかったK介の不倫は発覚したのだろうか。K介が認知症になり、自分のガラケーの操作を忘れてしまったことで、Y子が携帯をチェックしたことで発覚したという。メールには愛人とのやり取りが残っていた。愛人はY子も顔見知りで仲の良かった、ご近所の主婦だったのだ。
「2人で長年、私をだましていたんです!」Y子の怒りは激しい。かいがいしく夫を世話してきたY子にとり、許しがたい出来事だった。施設側は、夫婦の子どもにも事情を話、別居を勧めるがY子は「もう虐待はしない」と約束するものの、また1か月もすると虐待が始まるのだった。
取材をしていると、逆はよく聞くが、妻から夫への虐待は少ない。多いのは、夫から妻への虐待だ。だが、妻から夫への虐待のきっかけが、夫が認知症になり、携帯電話(もしくはスマートフォン)を見た妻が夫の不倫を見つけてしまったことという話はよく聞く。
しかも、妻が虐待に使うのは、庭掃除に使う竹ぼうきや室内清掃用のほうきということが多く、ジェネレーションギャップを感じる(筆者は40代なので、家にほうき自体がない)。
現在、70~90代の世代では、まだスマートフォンに機種変更しておらず、ガラケーまたはガラフォの使用率が高いだろう。スマートフォンのロックはセキュリティーが非常に固い。携帯キャリアに家族が問い合わせても、答えてくれないところも多い。アメリカでは、FBIがアップル社に対したびたび犯罪者が使用していたiPhoneのロックを開けるよう申請したが、アップルは事実上拒否している。しかし、ガラケーのロックはしていても単純な仕組みになっているので、認知症になった家族のものを解除できることも多いだろう。
そこから1年経った今も、Y子の怒りは消えず、K介は虐待され続けている。妻Y子が別居をかたくなに拒否しているからだ。K介は不倫の代償を、認知症になってから、払うことになった。
今、不倫の真っ最中だという方は、認知症になった時に備えて、iPhoneに機種変更することをお勧めする。筆者は自分が認知症になった際に、データがすべて消えるスマフォが開発されることを待つことにする。

第三話 虐待される妻は元から圧倒的に口が悪い

今回は、東京都近郊でデイサービス事業所を運営するHさん(40代)にお話を伺った。K子さん(女性 70代半ば 前頭側頭型認知症)はとにかく口が悪く他の利用者ともめごとを起こすため、どこのデイサービス事業所でも居場所をなくしていた。前頭側頭型認知症になると、理性が働きにくい。K子さんは、人の外見的な欠点などをそのまま口にしてしまう。好き嫌い、やりたい・やりたくないがはっきりしていて、やりたくないことは一切やらない。
ハゲた人を見れば「気持ち悪いハゲおやじ!よく生きてられるわ」と本人の目の前で言ってしまう。白髪の多い人、シミの多い人が嫌いで、デイサービスの利用者にも「こんなにシミが多くてよく恥ずかしくないわね」などと直接言ってしまう。そして、喧嘩になるのだった。
その悪口の矛先は、夫であるD輔(80代)にも向かう。D輔はK子を献身的に介護していたが、そんなD輔にも「このハゲじじい!」「料理の手際が悪い!このろくでなし!」と罵倒する。普段は温厚なD輔だが、K子の罵倒に耐えかねて、首を絞める、殴るなどの虐待につながった。そこで、地域包括支援センターが介入し、K子をショートステイで預かることにした。
その間に、介護疲れしているD輔の話を聞くために、Hさんの事業所ではカレーパーティーを開催した。D輔は「慣れない家事を一生懸命やっているのに、横から悪態をつかれるとついカッとしてしまう」と泣きながら答えた。話を聞くと、K子は元から口が悪かったという。認知症になる前は、K子は陰口で人の容姿にケチをつけていた。前頭葉の働きが落ち、理性が効かなくなったら、本人に直接言うようになっただけなのだと言う。
筆者が取材をしていると、認知症の妻の小言に耐えかねて、夫が虐待してしまうという事例を多く聞く。筆者は認知症になると、性格が変わるのかと思っていたが、そうではない。小言が多い妻は元から多いし、口が悪い妻は元から悪いのだ。また妻は夫から感謝されずにもくもくと家事をすることに慣れているが、夫は慣れていない。それが夫から妻への虐待の大きな原因になっていると感じる。
認知症になり、理性のストッパーが緩くなると、今、陰口で言っていることを直接、本人に言ってしまうようになるのかと、同じく口の悪い筆者は恐ろしい。将来、自分が認知症になった時に、人に暴言を吐かないように性格改善しようかとも思ったくらいだ。しかし、にわかに改善したところで、性格の悪さなど変わらないだろう。今、この記事を読んで、自分も思い当たる節がある女性も多いだろう。認知症になっても、あなたも私も口の悪さは変わらない。そのときは潔く虐待されようと、覚悟を決めることくらいしか解決策

今回お話を聞いた方

田口 ゆうさん

あいである広場編集長 兼 ライター

認知症実話漫画「認知症が見る世界」原作者。マイノリティ向け記事やルポ記事の執筆を中心に活躍。

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