介護ライター田口はミタ!介護現場のひそひそ話

介護ライター田口はミタ!介護現場のひそひそ話

第二十六話
高齢者虐待と介護離職の関係

筆者は介護実話漫画の原作や高齢者介護支援者の取材記事を書いているライターだが、2025問題(2025年頃に団塊の世代が全員75歳以上となり、超高齢社会がさらに進展することで生じる社会課題)に直面している日本で、多くの介護従事者は、介護離職を推奨しない。また、介護経験者もまた介護離職はおススメしない。筆者自身が、介護の末に父を亡くしたが、介護離職はおススメしない。だが、家族がその介護を担うケースが依然として多い。厚生労働省の調査によれば、年間約10万人が介護を理由に離職しており、この数字は社会的な課題として深刻化している。介護離職は個人の生活やキャリアだけでなく、経済や社会全体にも悪影響を及ぼす。一方で、プロの介護サービスに任せる選択肢が存在し、これを活用することで多くの問題が軽減される可能性がある。

介護離職の悪影響
1.経済的困窮
介護離職の最も直接的な影響は、収入の喪失である。仕事を辞めることで安定した給与が途絶え、生活費や介護費用を賄うことが難しくなる。8050問題(「8050問題」とは、80代の親が50代の引きこもりや無職の子どもを養う状況を指す社会問題)と重なる部分があるが、介護離職は世間体のいい離職理由にもなる。だが、生活費を親の年金に依存すると、親に必要なサービスを受けさせないなどの経済的虐待につながることがある。

2.キャリアの中断と社会的孤立
介護離職はキャリアにも深刻な打撃を与える。特に女性の場合、育児が一段落した後に再びキャリアを積み上げる段階で介護離職を余儀なくされると、その後の再就職が極めて困難になる。また、職場を離れることで、同僚や業界とのつながりが薄れ、社会的ネットワークが縮小する。これが孤立感を助長し、精神的なストレスを増大させる一因となる。実際、介護離職した人の多くが「社会との接点が減った」と感じており、孤独感が健康に悪影響を及ぼすケースも報告されている。こういった孤独感から身体的虐待やネグレクトにつながることもある

3.心身の健康悪化
介護は肉体的にも精神的にも負担が大きい。厚生労働省の調査によると、家族介護者の約3割がうつ症状を経験しており、介護離職によってその負担がさらに集中すると、健康悪化のリスクが高まる。例えば、要介護度の高い高齢者を自宅でケアする場合、夜間の見守りや身体介助が必要となり、睡眠不足や過労が常態化する。これがストレスホルモンの増加や免疫力の低下を引き起こし、心疾患や慢性疾患のリスクを高める。また、介護者自身が「自分が休むわけにはいかない」というプレッシャーを感じやすく、適切な休息を取れないまま心身を消耗していく。こうした状況は、介護者自身のQOL(生活の質)を著しく低下させる。

4.社会全体への影響
介護離職は個人だけでなく、社会全体にも波及する。労働力人口の減少は、企業の生産性低下や税収減につながり、経済に悪影響を及ぼす。特に、中小企業では熟練労働者の離職が業務に直接的な打撃を与え、人材不足が深刻化する。また、介護離職者が増えることで、社会保障費の負担が増大する可能性もある。離職者が経済的に困窮すれば、生活保護や公的支援を頼るケースが増え、国の財政を圧迫する。このように、介護離職は単なる個人の問題ではなく、社会構造そのものに影響を与える課題と言える。

プロに任せる選択肢の利点
介護離職の悪影響を回避するためには、家族が全てを担うのではなく、プロの介護サービスを積極的に活用することが一つの解決策となる。以下に、その具体的な利点を示す。

1.負担の軽減と健康維持
プロの介護士や施設に任せることで、家族の身体的・精神的負担が大幅に軽減される。例えば、デイサービスやショートステイを利用すれば、日中や一定期間、介護から解放される時間を作れる。これにより、睡眠や休息が確保され、心身の健康を維持しやすくなる。また、プロは専門的な知識と技術を持っており、適切なケアを提供することで、家族が抱えがちな「十分にできていない」という罪悪感を減らす効果もある。家族が健康を保つことは、長期的な介護を支える基盤となり、結果として高齢者本人にも良い影響を与える

2.仕事と介護の両立
介護サービスを活用すれば、仕事を辞める必要性が減り、キャリアを維持できる。訪問介護や施設入所を利用することで、家族は日中の時間を仕事に充てられる。また、企業によってはフレックスタイム制や在宅勤務を導入しており、これらと介護サービスを組み合わせれば、柔軟な働き方が可能になる。政府も「仕事と介護の両立支援」を掲げており、介護休業制度や助成金の拡充が進んでいる。プロに任せることで、こうした制度を最大限に活用しつつ、生活の安定を図れるのだ。

3.高品質なケアの提供
プロの介護士は訓練を受けており、医療的な知識や技術を持っているため、家族では難しいケアも対応可能だ。例えば、認知症の高齢者に対する適切なコミュニケーションや、寝たきりの人の褥瘡予防など、専門性が求められる場面でその効果を発揮する。また、施設ではリハビリやレクリエーションが提供され、高齢者のQOL向上にも寄与する。家族が愛情を持って介護することは大切だが、プロのスキルと組み合わせることで、より質の高い生活を高齢者に提供できる。

4.家族関係の改善
介護を家族だけで担うと、ストレスから関係が悪化することがある。例えば、兄弟間で介護負担の分担を巡って対立したり、パートナーとの時間的余裕が減って夫婦関係が冷え込むケースも少なくない。プロに任せることで、家族は「介護者」ではなく「家族」としての役割に専念でき、穏やかな時間を共有しやすくなる。これが、結果として家族全体の幸福感を高める。

プロに任せるための具体的な方法
プロの介護サービスを活用するには、まず地域の「地域包括支援センター」に相談するのが有効だ。ここでは、ケアマネージャーが要介護認定の手続きやサービス計画の作成を支援してくれる。
利用可能なサービスには以下のようなものがある。

訪問介護: ヘルパーが自宅に来て、入浴や食事の介助を行う。

デイサービス: 日中、高齢者が施設で過ごし、食事やレクリエーションを提供。

ショートステイ: 数日から数週間、施設に宿泊してケアを受ける。

特別養護老人ホーム: 長期的な入所を希望する場合の選択肢。

費用面では、公的介護保険が適用され、自己負担は1~3割程度に抑えられる。また、低所得者向けの負担軽減制度もあるため、経済的な不安があっても利用しやすい。さらに、民間の介護保険や企業の福利厚生を活用するのも一案だ。

愛情があるからこそ虐待につながりやすい
介護離職は、経済的困窮、キャリア中断、心身の健康悪化、そして社会全体への影響という多面的な悪影響をもたらす。これを避けるためには、プロの介護サービスに任せる選択肢を積極的に検討すべきだ。プロに任せることで、負担が軽減され、仕事と介護の両立が可能になり、高齢者にも質の高いケアが提供される。家族が全てを背負う必要はない。多くの介護経験者は「自分の親だから」衰える姿を受け入れられなかったと答える。地域の支援や制度を活用しつつ、プロと協力することで、介護者も高齢者も共に幸せな生活を送れる社会を目指すべきだろう。

今回お話を聞いた方

田口 ゆうさん

あいである広場編集長兼ライター

東京都出身東京都在住。立教大学経済学部経営学科卒。「あいである広場」の編集長兼ライターとして、主に介護・障害福祉・医療・少数民族など、社会的マイノリティの当事者・支援者の取材記事を執筆。現在、介護・福祉メディアや日刊SPA!や集英社オンラインなどで連載を持つ。認知症患者のリアルを描いたコミックエッセイ『認知症が見る世界』で原作担当

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