介護ライター田口はミタ!介護現場のひそひそ話

第二十七話 軽度知的障害のサービス管理責任者 自分の働いた金でA5ランクの焼き肉を食べたい
今日は障害者向けグループホームで、サービス管理責任者をしている通称ロック(34歳)さんに話を聞いた。 ロックさんは正社員として同社に勤務しているが、軽度知的障害者で、療育手帳Bの2(千葉県)を持っている。
いじめられたことがきっかけで知能検査を受ける ロックさんは2歳の時に滋賀県から千葉県に越して、公立学校の普通学級に通っていた。しかし、中学校2年の時に、周囲とのコミュニケーションがうまく取れないといった理由で、いじめに遭う。公立中学校の普通学級に通っていたが、養護学級の先生から、知能検査を受けることを勧められた。中学校はそのまま不登校になってしまった。だが、高校生から千葉県の特別支援学校に通い、やっと周囲に溶け込んで楽しい学校生活を送れるようになった。 高校卒業後は障害者雇用で、7年間、ホテルの草取りや、電気の交換など裏方の仕事に就いた。外部の業者さんから勧められた電気工事士2種の資格を取ったことで、自信をつけたロックさんは、将来のために、さらに勉強したいと会社を辞めた。 今までの職場では、裏方だったが、フロント・レストラン・結婚式場で人と接する他のスタッフの姿を見ていたロックさんは、そういった「人と接する仕事」に就きたいという気持ちが強くなっていったのだ。自分にもできて、資格を活かせる仕事に就きたいと考え、福祉の専門学校に3年間通った。 福祉の専門学校に通ったロックさんは、ヘルパー2級(現在の初任者研修)と介護福祉士の資格を取った。 そして、卒業後2年間はサービス付き高齢者向け住宅で、高齢者介護の仕事に従事した。
グループホームの上司と出会う そんなとき、専門学校生時代に知り合った、障害者向けグループホームで働く、通称シミショー(32歳)から、メンタルのバランスを崩して吐いていると連絡をもらった。 シミショーさんは今、ロックさんが働いている障害者向けグループホームで、社長の右腕として活躍していた。
当時の話をシミショーさんから聞いた。 ロックさんはシミショーさんに「車出すんで行きたいとこ行きましょう!」と言ったという。結果的に、2人はシミショーさんが行きたかった東北へ夜中に出発した。 「会社を辞めたくないという気持ちがあったので、ロックを誘って逃げ道を消したかった」とシミショーさんは振り返る。 ロックさんはロックさんで、大阪の障害福祉事業所に転職するか悩んでいた。 いつも新しい行動を起こさないのに、飲んだ次の日に、(今の2人の職場の)社長に入社したいとメールをしたという。 シミショーさんのメンタルが持ちなおったのは、そんなロックさんを育てたいという気概が沸いたことだった。規模も給与も、前職よりも安い今の会社に来てくれたことで、上司として責任感を持った。
ロックが歩めば、 今の”当たり前“がひっくり返るきっかけに シミショーさんは「デザイン系のような華やかな仕事ではなく、むしろ泥臭い障害者向けグループホームの仕事で、ロックのホテルマン時代の低賃金をいかに塗り替えられるかが、僕の仕事のやりがいです。ロックの給料はホテルマン時代(障害者雇用だったため月10万円程度)の3倍くらいになった。自分の働いた金でA5ランクの焼き肉を食う障害者とか面白さしかない。 障害者はまだ所得が少ないのが社会の"当たり前"になっているから、今は面白さを感じるが、実際に当事者であるロックが歩めば、今の"当たり前"がひっくり返るきっかけになるかもしれないし、そんなにオモロイことはない。 健常者が周りからとやかく言うよりも、ロックの生きざまが、障害があって苦しんでいる誰かの希望になればと思っています」という。 シミショーさんが忘れ物をすればロックさんはそれを補い、取材時も筆者とロックさんのコミュニケーション不足を補ってくれたのはシミショーさんだった。2人は健常者・障害者という垣根を越えて、お互いの弱みを補い合っているように見える。
利用者から暴言を吐かれたりする苦労も 現在、ロックさんは障害者向けグループホームで、サービス管理責任者をしている。どんな苦労があるのか聞いた。 「正直、いい話よりも大変だった話のほうが思い浮かびます。今では落ち着いていますが、入社して1年目くらいの時は、利用者さんから暴言を吐かれたり、突進されたり、暴れられたり、殴られたりはザラでした」 元ヤンキーで、高次脳機能障害の40代女性が、特に印象に残っているという。禁煙の室内で煙草を吸う、「もうこんなところにいたくない!」と当たられる、暴れるといった状態で時には殴られることもあった。 またサービス管理責任者は、市役所・相談支援員・家族との調整役をしなければならないし、病院とのやり取りでは医学的な知識が必要となり、生活保護の制度の知識も必要となる。常に勉強し続けなければいけない。
同じ障害者でも人それぞれ苦労が違うという視点での支援
自分も障害がありながら、支援を続ける理由を聞いた。 「人の役に立ちたい、誰かを支えたいという気持ちが強いからです」とロックさんは笑った。 確かに、友人が職場で苦しんでいるからと言って、すぐに人手不足の会社に転職してしまうなんて、人を支えたい気持ちが人一倍なければできないだろう。 同じ障害を持った人が相手だが、そこにやりやすさはあるのだろうか。 「自分が障害で苦労をしてきたから、苦労が分かり、いい支援ができると昔は思っていました。実際に支援をしていると、同じ障害者でも、人それぞれ全く苦労は違います。どうしたら利用者さんの気持ちに寄り添え、どうすれば幸せなのか、いつも考えながら仕事に取り組んでいます」 また、今後していきたいことを聞いた。 「障害や疾病の有無に関わらず、誰もが夢を追いかけられる社会をつくりたいです。同じように障害を抱えた人が、人生を諦めてしまわないように、自分みたいな生き方もあるってことを発信していきたい」 障害がある人でも、ロックさんのように環境次第では仕事でも、実力を発揮できる。それが当たり前の世の中になる日も近いのではないか。
今回お話を聞いた方
田口 ゆうさん
あいである広場編集長兼ライター
東京都出身東京都在住。立教大学経済学部経営学科卒。「あいである広場」の編集長兼ライターとして、主に介護・障害福祉・医療・少数民族など、社会的マイノリティの当事者・支援者の取材記事を執筆。現在、介護・福祉メディアや日刊SPA!や集英社オンラインなどで連載を持つ。認知症患者のリアルを描いたコミックエッセイ『認知症が見る世界』で原作担当