第5回 知っ得福祉

福祉の聞きたいこと、知りたいことがわかる。現場のリアルな声をお届けします。

お母さんに情は一切ないー愛着障害の我が子が放った言葉

日本神話で国造り・神産みをした夫婦神イザナギ(伊邪那岐命)・イザナミ(伊邪那美命)は、自分たちが産んだ「不具の子」を葦(あし)の船に乗せ、川に流した。その「不具の子」は、蛭子(ひるこ)と名付けられ、一説によると、海に流れ着き、漁民に育てられるー恵比寿神は「リハビリの神」としても、今の日本で崇められる存在となった。13歳になった障害のある息子は、日本書紀の中でも蛭子神の話が好きで、蛭子と自分を重ねていたようだ。
神ですら育てられなかった障害児は、医療や福祉制度の中で、今の日本では育てるのが「当たり前」の存在となった。
私は主に、障害福祉や介護・医療に関する記事を書くライターだ。ライターになった理由の1つに、息子の愛着障害と発達障害があった。

「息子さんは仕事をやめて3年間、 一緒にいないと大変なことになる」 という医師の言葉から始まった 障害児介護

離婚した夫はDV癖があり、私は離婚調停時に、「帰ってこないのなら息子に会わせない」と当時、1歳だった息子を人質に取られた。「そんな子はかきおろせ!」と病院で騒ぐ夫の元に産まれたのが息子だった。しかし、元夫には発達障害があり、五感が過敏すぎた。赤ん坊のおしっこ・うんちの匂いが耐えられず、ストレスから暴力に発展した。取材をしているとたまに聞く話だ。子の誕生・妻の変化に耐えられず、それを機に、別居・離婚に至る発達障害の配偶者を持つ私のような妻は、珍しくない。私がいなくなった後、夫は息子の世話をしないネグレクト状態となった。
ある日の面会交流の時、夫は高熱の息子を私に預け、観光に出かけ連絡もつかない。その日は休日で、私は大学病院の休日診療に駆け込んだ。私が0〜1歳まで育てた頃の息子は、道行く人に「笑顔がかわいい子」と、何度も声をかけられるような子だった。だが、1~2歳時に私と離されたことで、喃語すら出ず、ADHDのような症状が出ていて、高熱でも病院を走り回り、一時も止まれない状態になっていた。息子は変わり果てていた。
そのことにショックを受けながら、順番を待っていると、回ってきた。医師は開口一番に「どうしてこんな状態になるまで放っておいたんですか!児童相談所に通報しますよ!」と私を怒鳴った。しかし、私は当時、子の監護権(育てる権利)を持てない状態だと説明した。数時間の問診の結果、息子には「反応性愛着障害」の診断が下った。
人は0歳から3歳までの間に、自分が泣くと、誰かが来てくれ、世話をすることで、「愛情を受け取る器」―愛着を形成する。ただし、その「器」の形成は、母でなくともできる。愛着形成ができて初めて、人は、徐々に活動範囲を広げ、人を愛せるようになる。
「息子さんの将来のために、お母さんは仕事をやめて、この子の側にいてください。愛着形成ができなければ、将来、必ず後悔します。実母のあなたが育て直せば、まだ間に合うかもしれない」と言われ、私は仕事をやめ、生活保護を3年間受給した。だが、幼少期に受けた虐待が原因の深刻な愛着障害が寛解した例は少なく、「愛情を受け取り、渡せるようになるか」は一種の賭けでもあった。高確率で、反社会性パーソナリティー障害や人格障害に移行する。

試し行為に疲弊していく日々

愛着形成が不完全な子は、試し行為をする。「この人はどこまで受け入れてくれるか。自分のことを見捨てないか」を試し続ける。反応性愛着障害は、そういう疾患だが、息子の試し行為は激しいものがあった。食卓におもちゃを投げ込み、全てを壊す。夜中にプール1杯分の水を流し続け、朝起きるとマンションが洪水になっている。真っ青になって、謝罪と弁償に走る。そんな中で、私は、夜に自分が眠っている間に、何かが起きやしないかと睡眠障害・不安障害を発症した。息子は、2歳児にして、摂食障害にもなった。食べては嘔吐する・また食べる。そんな様子になすすべもなく、息子を抱きしめ泣いた日も数え切れない。布団から家具まですべてカビだらけになり、家は壊れたものに溢れ、ありとあらゆる福祉サービスの世話になっても、なおかつ私は壊れていった。体には原因不明の湿疹・子どもか高齢者しかかからないような眼球ヘルペス・慢性的な胃潰瘍の発症…ストレスが原因の病に次々、かかっていった。

中学校2年生の冬休みの3日間

小学校から支援学級で特別支援教育を受けた息子は、中2になった。冬休みのある日、真顔で「ママに情は一切ない」「ママに情を持たないと小学校高学年のときに決めた」「僕は1人でも生活できる」「施設で暮らす」「ママは無能だ」「お金だけ稼いでくれたらいい」。
息子は中2で、175センチと大きかった。3日間にわたり、息子から罵倒され続けた私は、ショックから寝込んだ。そして、同時に、「私は賭けに負けた」と思った。

児童相談所への通報履歴と不正アクセスの痕跡

すぐに支援者に助けを求め、息子はショートステイに行くことになった。しかし、経緯を話すと、息子の相談支援員も主治医も「息子さんは本人の希望通り、施設に行くほうが幸せですよ。離すのも離れるのも福祉。このままでは、お母さんが壊れる。息子さんが、お母さんを殺した・壊したという負い目を負って生きることがいいことなわけがない。お母さんはお母さんの人生を生きて」という。それくらい反応性愛着障害の予後は悪い。医師の診断は「愛着障害と発達障害の併発。強度行動障害への移行。構造的な環境での養育が必要」だった。
「構造的な環境」とは、複数の大人に管理されて暮らす施設暮らしを指す。親は子どもに情があるから振り回されて、傷つき、壊れる。親はシフト制ではない。一方、施設の職員は、シフト制で仕事として、息子に接するので壊れない。試し行為がひどい子の場合、そのほうが本人のためになることがある。ボロボロの体になっていた私は、泣きながらうなずいた。
まだ迷いながら、息子のGoogleのアカウントをチェックすると、「児相 通報」「児相 ネグレクト」などの検索履歴が出てきた。私を虐待親として、児相に通報しようとしていたのだ。また、ショートステイ先のWi-Fiルーターの管理画面にアクセスした履歴もあった。成功したのかは分からない。だが、成功していたなら、立派な犯罪だ。児相が介入することになった。

「お母さんのメンタルにまで責任は持たない」母性神話の押し付け

児童相談所が介入したのはいいものの、児相の本来の目的は、「親子の統合」にある。担当者にいくら「息子に罵倒された3日間のトラウマが蘇るから会えない。育てられない」と繰り返しても、「お母さんのメンタルにまで私たちは責任を持ちません。だって、子どものための機関ですから」「お母さんはネグレクトしてないなんて分かりますよ。だって、これだけ支援が入ってる。息子さんは中2といっても子どもでしょ?子どもが言うことなんか、お母さんなんだから許してあげましょうよ」「ライターだったら、一時保護所や児童養護施設がどんなに劣悪な場所か知っているでしょう(筆者注:全ての施設が劣悪などという事実はない)」と面会と引き取りを迫る。
母は、傷つけられても、病気になっても、どんなことがあろうと子を愛せる。愛情が泉のように湧いてくる。それは、いわゆる「母性神話」と呼ばれる。母性神話という概念は、1980年代に広く問われるようになった。大元は、「男は働いて日本経済を回す」「女は家庭で家事・育児に励み支える」という、戦後復興の名残りの中から産まれた「神話」だ。
イザナギは日本神話の神で、実在の人物ではないため具体的な年数は不明だが、神武天皇即位(紀元前660年)のさらに前、天地開闢(かいびゃく)の「神世七代」の最後に登場する存在だ。物語上の時間軸は、日本の建国(約2700年前)よりも古い、遠い神話の時代とされている。それに比べて、「母性神話」は、50年に満たない新興宗教の教義と同じくらいのものだ。イザナギもイザナミもできなかったことが、人間にできるのか。私は、子どもの希望通り、彼を施設に預け、自分の道を歩み始めた。
いつか息子がこの選択の意味が分かるときが来るのだろうか。分からない。ただ、彼は彼の、私は私の人生を歩みだした。

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