介護ライター田口はミタ!介護現場のひそひそ話

第三十話
介護甲子園はやりがい搾取?スポットライトを浴びたその後
「介護甲子園」というと、介護職の人は眉をひそめる。「あのやりがい搾取イベントね」「感動させて現場の介護職を安くこき使うためのイベント」など、評判は悪い。私自身も動画などを見て、「気持ち悪いイベント」「賃上げ防止のためのイベント」と悪い印象しかなかった。だけど、スタート時に関わった人に話を聞く機会があり、主催者たちの意図と世間的イメージのズレに気づかされた。そして、20年近く抱えてきた「やりがい搾取」への疑問に、ひとつの答えが見えた。
介護甲子園って何?
介護甲子園は、一般社団法人日本介護協会が主催する、日本最大級の介護プレゼンテーションイベントだ。全国からエントリーした介護事業所が日頃の優れた取り組みや情熱をステージで発表し、日本一の事業所を決定する。
動画を観ていただくと分かるが、「気合だ!気合だ!」と叫ぶ施設長と事業所スタッフ、涙ながらに高齢者介護への思いを語る職員など、ダイジェスト9分だけでも、その雰囲気は伝わるだろう。異様だと感じる読者も多いのではないか。

私の原体験 外食産業でも行われる同様のイベント
私は、ライターをする前は、飲食フランチャイズの本部にいた期間が長い。飲食業界にも似たようなイベントが存在する。「居酒屋甲子園」もあれば、マクドナルドには、全国約22万人のクルーが調理技術やサービス力を競い合うAJCCというイベントがある。私がいた外食チェーンの本部でも、同様のイベントを自社で開催していた。
28歳のときの私は、自社のイベントを観て、衝撃を受けた。舞台で繰り広げられるのは、「店長のお陰で更生できました!一生、店長に着いていきます!」「この店舗が好きです!お客様の笑顔がやりがいです!」と涙ながらに語り、店長と抱き合うアルバイトやパートの姿だ。
本部の人間は無表情で拍手をしている。それはそうだ。最低賃金でアルバイト・パートをする彼らが、その仕事をずっと続けても、正社員になれる人はごく一部か皆無。若い人たちの未来が閉ざされていく。低賃金で正規雇用をしなければ、会社の人件費は安く済む。これはやりがい搾取じゃないかと、本部の人間として罪悪感を持った。店長を所長、店舗を事業所、お客様を利用者さんに置き換えれば、そのまま介護業界に転用できる。だからこそ、「介護甲子園はどんな意図で始まったのか」という疑問をずっと抱えていた。
主催者側の意図 A社長に聞いた
介護事業所の取材を続ける中で、介護甲子園の立ち上げ期に関わっていたA社長と偶然、知り合った。
思い切って聞いてみた。「介護甲子園はやりがい搾取だという批判が出ているけど、主催者側はどんな思いで立ち上げたんですか」と。
A社長の答えはこうだった。「介護職は3Kだ、給料が安い、メディアは施設での虐待ばかり報じる。介護業界の悪いイメージしか世間に伝わらないですよね。それに、一般の介護職って、表に出ない存在ですよね。普段はスポットライトを浴びない介護職が、スポットライトを浴びることがあってもいいじゃないかと思った」
とても真っ当な答えだと思った。介護業界のイメージアップと、現場で黙々と働く人に光を当てること。それ自体を否定する理由はない。
構造の問題と、個人の問題
ただし、ここで整理しておきたいことがある。介護職の低賃金は、個人の努力では解決しない構造的な問題だ。報酬は介護保険制度に縛られ、事業所単体の経営努力だけでは限界がある。「やりがいがあるから低賃金でもいいだろう」という話にすり替わるなら、それは搾取と言われても仕方がない。
一方で、A社長はこうも言った。「スタッフは経営者のようなリスクは負っていない。経営者は、資金繰りで夜も眠れない日があり、キャッシングに手を出したこともある。そのリスクを考えて批判して欲しいと正直、思います」
ここには二つの異なる論点がある。制度として介護職の処遇を改善すべきだという話と、個人がスポットライトを浴びた経験をどう活かすかという話だ。この二つは混ぜてはいけない。賃金の問題を「気持ちの持ちよう」で片づけるのは暴論だし、逆に、構造の問題があるからといって、個人の成長機会まで否定するのも違う。
スポットライトを浴びたその後
取材を続ける中で、介護甲子園をきっかけに変わった人にも出会った。出場後に介護福祉士の資格を取った人、プレゼンの経験を活かして研修講師を始めた人がいる一方で、「あのときが人生のピークだった」と振り返る人もいた。
結果を分けたのは、スポットライトを浴びた後に何をしたかだ。私自身にも思い当たることがある。ある編集者に言われたことがある。「田口さんは文才もあるけど、飛び抜けているわけじゃない。だけど、アドバイスすると必ず実行に移す。ほとんどのライターさんは、実行しないんです。だから、差がつくんです」と。耳が痛い言葉だが、核心を突いていると思う。どんな業界でも、経験を次の行動に変えられるかどうかが分かれ目になる。
「コピーを取る人」にもスポットライトを
飲食業界の別の社長に「やりがい搾取って何でしょう」と聞いたことがある。その社長は「コピーを取る人間もいないと会社は回らないんだよ」と言った。
全員が経営者や管理職になるわけではない。だが、「コピーを取る人」が評価されない組織は、いずれ人が離れていく。介護甲子園の意義があるとすれば、普段は見えにくい現場の仕事に光を当て、「あなたの仕事には価値がある」と伝えることだろう。
問題は、その光が一瞬の感動で終わるか、現場に持ち帰って何かを変える力になるかだ。そして、その光を一瞬で終わらせないためには、主催者側にも、経営者側にも責任がある。スポットライトを浴びた職員が次のステップに進める環境を、制度として用意できるかどうか。「感動をありがとう」で終わらせない仕組みが必要だ。
やりがい搾取か、成長の機会か。その答えは、イベントそのものではなく、イベントの「その後」に何が用意されているかで決まるのではないか。
今回お話を聞いた方
田口 ゆうさん
あいである広場編集長兼ライター
東京都出身東京都在住。立教大学経済学部経営学科卒。「あいである広場」の編集長兼ライターとして、主に介護・障害福祉・医療・少数民族など、社会的マイノリティの当事者・支援者の取材記事を執筆。現在、介護・福祉メディアや日刊SPA!や集英社オンラインなどで連載を持つ。認知症患者のリアルを描いたコミックエッセイ『認知症が見る世界』で原作担当

