第6回 「人間を書きたい」――草下シンヤが今なぜ訪問精神科医を描くのか

「――アングラと世福祉は地続き」
そう語るのは、『裏のハローワーク』『半グレ』『ハスリンボーイ』『地元最高!』など、多くのアンダーグラウンド作品をヒットさせてきた、編集者・作家・漫画原作者・YouTube番組プロデューサーなど多くの顔を持つ草下シンヤさん(47歳)だ。
高校を卒業してから、約26年間勤務していた出版社『彩図社』を独立してから、2年目になる。
福祉や医療とは無縁に見える草下さんが、訪問精神科医の世界を描いた『カンテラ~訪問精神科医由留木照のカルテ~』の連載を原作者としてスタートしたのは、2026年3月24日からだ。薬物、犯罪組織、闇の世界などドキュメンタリー作品を数多く手がけてきた草下さんが、なぜ精神医療の漫画を手掛けるに至ったのか。その経緯を聞いた。
『カンテラ』表紙
©草下シンヤ・藤村緋二(秋田書店)
幼少期から抱えていた生きづらさ
草下さんは、1978年に、静岡県沼津市に生まれた。父はサラリーマン、母は専業主婦。3歳下の妹がいる長男だ。どんな子どもだったのだろうか。
「多動児だったらしいですね。現在のADHDに通じる気質があると思います。幼稚園の時、じっとしていられなくて、教室を飛び出して砂場で遊んでいたり、目を離した時に家出をしちゃっていなくなったりするような子でした」
言葉が遅い子どもでもあった。両親は、「この子は大丈夫か」「障害があるんじゃないか」と心配していたという。
「父と母はすごくまともな人。妹もまとも。自分だけが”変わった子が生まれた”みたいな感じでした。言葉を覚えて、一応、世界との接点を持ったけれど、このままなんですよ。昔から性格も変わっていません。納得できないと何もしたくないとか、こだわりがめちゃめちゃ強い。(診断されていたら)アスペルガー症候群(ASD)、ADHDの両方があると感じています。今はそれを仕事に活かせているので困っていません。特性を活かしているとも思います。だけど家でも学校でもとにかく浮いていました」
常に抱えていた虚無感と離人感
やんちゃな中学・高校生活を送った草下さんだったが、友人は多くとも、虚無感を常に抱えて生きていた。
「リーダーシップ気質で、仲間を集めて悪いこともしましたが、中学校時代は生徒会長や応援団長もしていました。校則を変えられると知って、校則を変えたりもしました。だけど、自分としてはつまらなくて、人生に対してすごく虚無感がありました。離人症的な感覚がずっとあった。思うようになることがつまらなくて苦しかった。高校は生きたくなかった。坊さんになりたいと思っていました。親の『高校だけは出てくれ』との願いで行きました」
高校に入って離人感が強まり、2週間に一度、3か月ほどカウンセリングを受けたこともある。
「カウンセラーはすごく優しいおじさんでした。文学の話やたわいもない対話をするだけでした。驚かないようにしてくれていたと思う。最後に『君はおかしくないから大丈夫だ。社会はもっと広いし、君はこの街にいる感じのタイプじゃない』と言ってくれました。離人感が強くてどうなっちゃうんだろうと不安だったけど、これでもいいんだなと思わせてくれた。すごく安心しました」
自身の生きづらさを感じていた草下さんにとって、精神医療の世界は、かけ離れた世界でもなかったようだ。
きっかけは一人の精神科医だった
草下さんが『カンテラ』を構想する直接のきっかけになったのは、精神科医の芳賀高浩医師との出会いだった。
「自身がプロデューサーをしているYouTubeに出演したいという売り込みがあって、ミーティングしたらすごく面白い方で、出ていただきました。そこで初めて訪問精神科医という存在を知りました」
家の中では、様々なものが見える。
生活の雰囲気、ゴミの出し方、金銭の使い方、家族関係。本人の同意とプライバシーに配慮しながら、診察室だけでは把握しにくい生活上の困りごとや、必要な支援を確認できる場合がある。それによって治療が進む可能性もある。
「病院の診察室ではわからないものが、患者の生活空間に入ることで初めて見えてくることもあると思います」
草下さんは「訪問」という形態が持つ力に強い関心を抱いた。
カンテラより ©草下シンヤ・藤村緋二(秋田書店)
犯罪と精神疾患の交差点
草下さんが訪問精神科医というテーマに惹かれた背景には、20年異常にわたる裏社会取材の蓄積があった。
「薬物依存、クレプトマニア、ソシオパス、愛着障害、発達障害、高次脳機能障害――裏社会を取材する中で、依存、孤立、貧困、虐待経験、支援につながりにくい状況など、複数の困難を抱える人々に出会ってきた。自分は犯罪や犯罪被害者という観点で人間を見てきたけど、あらためて考えると苦しんでいる人々のなかには、社会から見放されてきた精神疾患、という視点からみると、より理解できる方たちがいることにも気づいた。人間を書きたい。それが基本的なテーマです」
犯罪ルポであれ精神医療の漫画であれ、草下さんが書こうとしているものの根は変わらない。ただ、光の当て方を変えた
「当事者が呼んだ時に”孤立感が深まる”ような作品だと思われちゃいけない」
『カンテラ』では訪問精神科医の由留木照(ゆるぎてらす)を主人公に、各エピソードで異なる精神疾患を描いている。センシティブなテーマだが、原作にあたり、意識しているところはどこなのか。
「治療に終わりがないからこそ、『カンテラ』という漫画の中で患者は救われなくてはならないと思っています。統合失調症、うつ病、複雑性PTSD、パニック障害…今は摂食障害について書いているところです。読者が孤立感を深めない作品にしなくちゃいけないと思っています」
連載開始時には、SNSで、賛否の声もあった。
「既存の精神科医の漫画は標準的な診断を描いていて、すごくよくできていると思います。でも、訪問精神科で患者の暮らしの場にも出向いて診療する現場を舞台にした――ブラック・ジャックみたいな先生がいてもいいんじゃないかと思いました」
作品の構成にも設計があるという。踏み込んだ診療をする主人公の由留木と、大学病院の枠組みの中で標準的な治療を行う異なる立場の精神科医をライバルとして配置する展開にしていく予定だ。どちらが正しいという二項対立ではない。どちらも必要だという訴えをこの構図に込めている。
主人公 由留木照(ゆるぎてらす)医師
©草下シンヤ・藤村緋二(秋田書店)
全国に約50人しかいない訪問精神科医
「芳賀先生に聞いたら、訪問精神科医は、全国で50人ぐらいしかいないんじゃないかと言っていました。芳賀先生自身も、1日に15件から20件ほどの患者宅を回るそうです」
通常、患者の容態が安定すると、他の医師に引き継ぎ、自分の負担を軽くしていくのが一般的だ。しかし、芳賀先生は違う。
「芳賀先生は一生診ると決めている。担当する医師が変わることで悪化する可能性もあるからだそうです」
高齢化が進み、自力で通院できない人は今後も増え続ける。ひきこもりの長期化、孤立した精神疾患の患者――訪問精神科医を必要とする場面は拡大していく一方で、なり手は圧倒的に足りていない。
「高齢化が進めば動けない人が増えるから、訪問精神科医の必要性は高まります。漫画を通じて、少しでも訪問精神科医になる人が増えてくれるのを願っています。かっこいいと思ってもらえたら」
草下さんが『カンテラ』に託しているのは、この仕事の存在を知ってもらい、魅力を感じる人を一人でも増やしたいという思いだ。
自分のつらさを乗り越えた経験が人を手助けする可能性
最後に草下さんは今後、どのような作品を向き合っていくのかを聞いた。
「人が悲劇的な最期を迎える話ばかり書いていると、だんだん情緒がおかしくなってきます。世の中にはひどいことがあふれていますが、同じか、それ以上に思いやりや良い話も溢れています。いい話、ポジティブな話を書きたい。自分はもっと傷つくべきだと思っています。傷ついてきた経験は人より多いと思うけど、乗り越えた時の辛い気持ちと、どうやって乗り越えたかを人に伝えることで、誰かを手助けする可能性があると思っているからです。本作を通じて精神疾患に対する理解が深まるとともに、疾患に苦しむ人やその家族の気持ちが少しでも楽になってくれればと思っている。人のこころを、社会の病理を、照らす作品にしていきたい」
裏社会の闇を見つめ続けてきた書き手が、その目を精神医療の現場に向けた。『カンテラ』が描いているのは、病院に来られない人のもとへ歩いていく医師の姿であり、同時に、社会のマイノリティとして生きる人々を描いてきた草下さんにとっても、新たな挑戦となる作品だ。

今回お話を聞いた方
草下 シンヤさん
作家、漫画原作者、YouTubeプロデューサー
1978年、静岡県出身。
『カンテラ』『半グレ』『地元最高!』『ルポ西成』『売春島』など多くの作品を手掛ける。
YouTubeチャンネル『丸山ゴンザレスのディープな世界』のプロデューサーとしても活動する。

